根管治療に関する記事を中心に、専門的ながら大切なことを治療例をまじえて、一般の方にもわかりやすく解説しています。ありきたりな内容ではなく、欧米の論文を精読した内容をベースに信頼性のある有用な情報を発信するよう努めています。(*記事の元になっている引用文献を記載しています)

追記:多くのブログ記事の執筆当時からだいぶ時間が経過しております。最新の研究をもとにした現在の見解や治療のトレンドなどをアップデートできておりませんので、記事によっては当時の見解から変化している場合もあります。(2022.12.28)

深い虫歯の治療〜神経を保存する生活歯髄療法〜

 

昨日から私が勤務医の時にお世話になった元上司の先生のカンボジアの歯科医院と診療を視察にきています。日本やアメリカ、カナダなど、先進国の歯科医療はよく理解していますが、開発途上国の歯科医療は初めてです。滞在中は現地で歯科医としてのボランティア活動も行う予定です。また帰国後にブログでご報告したいと思います。

 

さて、前置きが長くなりましたが神経に近い、深い大きな虫歯の治療法、生活歯髄療法について今日は書いていこうと思います。以前にも生活歯髄療法についてはブログで記事を書いていますが、9月に札幌のAE(Academy of Endodontics)での認定医更新試験のための発表で生活歯髄療法をテーマに選び、新たに80近くの関連論文を読み、新しい知識をアップデートすることができましたので、このブログで数回に分けてこのテーマを取り上げていこうと思います。

*記事の最後に参考文献を載せておきますので、ご興味のある方はどうぞ。

生活歯髄療法にも種類がありますが、今日ご紹介する生活歯髄療法は神経を露出させない方法で、日本の歯科の教科書だと間接覆髄法などと言われます。

 

間接覆髄法とは

治療の流れは基本的には深い虫歯を削りとった表面にお薬を置いてその上から詰める、というものです。神経に近い深い部分に置く薬剤は水酸化カルシウム製剤を使用することが古くから一般的でゴールドスタンダードといえるでしょう。その上の詰め物はレジンやアマルガム、グラスアイオノマーセメント、酸化亜鉛ユージノールセメントなど様々なものが使われます。

これだけ聞くと非常にシンプルな虫歯治療で簡単に聞こえますが、これがなかなか奥が深いのです。それはなぜかというと、事前に診断が難しい神経の生命力が治療の成功に大きく関わるからです。

 

ドックベストセメント、3mixの治療って?

患者様から、ドックベストセメント、とか3mix とかそういった治療法について聞かれることが多くあります。

ドックベストセメントも3mixも、治療の流れは基本的には深い虫歯を削った表面にお薬を置いてその上から詰める、というものなので間接覆髄法と言えます。

深い虫歯、神経に近い虫歯の治療法でそういうものを使うと神経が助かると誤解している患者様がほとんどで、そして歯科医の先生も誤解している方が多いようにお思います。

深い神経の虫歯の治療が成功するかどうかは、もともとの神経の健康度合いと、虫歯を削った穴をいかにきっちりと封鎖できるかどうかに関わっています。ドックベストセメント、3mix,などを使ったから助かるわけではありません。

神経が生き延びれるかどうかは、その神経がどれだけ健康かによります

神経が健康であればあるほど、適切な治療をすれば、ドックベストセメントや3mixなど行わなくても助かります。最近では、従来から使われている水酸化カルシウム製剤すらも必要ないかもしれない、というリサーチも出てきています。(参考文献10)

ここで重要なのは神経の健康度合い(生命力とでもわかりやすく言いましょう)と、適切な封鎖です。

神経の生命力/炎症の度合い

虫歯が深ければ深いほど、虫歯菌の影響で神経に炎症が起こります。神経が不健康になり、生命力が弱まっていくイメージです。この神経の不健康度合い(歯髄炎の度合い)が、治療の成功に関わる第一のキーポイントです。

歯髄炎が進むと神経の生命力が弱まり、治療で虫歯を取り除いても、生命力が回復できない場合があります。

歯髄炎にも様々な状態、初期〜重度のステージががあります、

初期から重度に進むペースも虫歯の環境やお口の状況などで個人差があるといえるでしょう。

健康な神経、または軽い歯髄炎程度は神経を残す治療が成功しやすいです。

神経の生命力が弱ってしまった原因は虫歯(細菌の刺激です)。

細菌刺激で神経に炎症が起こります、そして神経がまだ元気なうちは炎症の原因を取り除いてあげれば(虫歯を取り除くこと)、自己治癒します。

 

中程度、重度の歯髄炎になってる場合は、よりアグレッシブな生活歯髄療法または神経を取る治療が必要となることが多いです。

重度の歯髄炎になると、そもそも神経の生命力が弱くなっているので、健康な状態に回復できず、ドックベストセメントも3mixももちろん効果はありません。

 

↓神経の炎症の度合いをイラストで表すと、こういうイメージです

(濃く赤い部分が炎症の範囲です)

 

使う薬、セメントよりも確実な封鎖が重要

確実な封鎖というのは虫歯の穴を外界からシャットアウトするようにきっちり詰めることです。原因を取り除いたとしても、虫歯を削った穴の封鎖がしっかりできていなと、詰め物の隙間から、刺激がいきますし、細菌の栄養となる唾液などが入り込みさらに細菌が増え、活動しやすい環境になり、神経の炎症が持続します。

 

あえて神経に近い部分の虫歯を取らない治療法

虫歯は全て取り切らないと、神経の炎症は治らない、治療後も中でどんどん進んでしまう。そう考えている歯科医はとても多いと思います。大学でもそう教わりますし、わたしもこれまでそう思っていました。

今回、このテーマのために論文をいろいろと読み、欧米でのカリオロジーという予防歯科の分野や小児歯科の分野では昔の考えと大きく変わってきていて、神経に近い虫歯で、神経の生命力が健康な場合は一番深いところの虫歯を取り切ら無い、ということが主流になってきていることに驚きました。

虫歯を取り切らないことのメリット

神経に近い部分の虫歯、そこをとると神経に穴が開いてしまうような、そこを刺激することでより神経にダメージを与えてしまうような、深い部分、ここはあえて虫歯を取らず(刺激せず、神経に穴が空くのを防ぐためです)残した状態で、穴をしっかり封鎖すると、中の細菌数が減り細菌の活動が止まり、虫歯の進行が止まると数多くの研究で証明されています。(参考文献4,5,6,8)

神経が健康だと、残った活動停止した虫歯菌の緩やかな刺激で第3象牙質という、新しい歯が神経の内側からできます。

これが元気な神経の防御反応なのです。

以前は水酸化カルシウムの効能でこの第三象牙質ができると考えられていましたが、現在は神経または象牙質の細胞(象牙芽細胞)が、進行停止した虫歯のゆるやかな細菌に刺激されて、こういった防御能を発揮すると考えられています。

***ただしこれは弱った生命力の弱い神経では起こりません。神経が健康だからこそ起こる防御反応です。***

 

Selective carious tissue removal

2015年に12の国(北米、南米、ヨーロッパ、オーストラリア、アジア)から21人のカリオロジーの専門家が集まりInternational Caries Consensus Collaboration(ICCC)が開催され、神経に近い虫歯はあえて虫歯を取り切らないということでコンセンサスが得られています。

また、この方法はいろいろな名前で呼ばれていましたが、Selective carious tissue removal という呼び方に統一されました。

訳すと『選択的な虫歯除去』 という感じです。

逆に完全に取り切る方法はNonselective carious tissue removal 『非選択的な虫歯除去』で, 浅い虫歯、中程度の虫歯に適応されます。

*記事の最後に参考文献を載せておきますので、ご興味のある方はどうぞ。

Selective carious tissue removal はもっと歯科医の間で認識されて来れば大人の虫歯の治療でも需要が増えてくると思います。神経が温存できれば難しい根管治療も必要ないですから。

 

↓AE発表時に作ったSelective carious tissue removal のスライドを以下に貼り付けます。

 

参考文献

  1. Frencken J. E., Innes N. P. T,  Schwendicke F. Managing Carious Lesions: Why Do We Need Consensus on Terminology and Clinical Recommendations on Carious Tissue Removal? Adv Dent Res. 2016;28(2):46-8.
  2.  Innes NPT, Frencken JE, Bjørndal L, Maltz M, Manton DJ, Ricketts D, Van Landuyt K, Banerjee A, Campus G, Doméjean S, Fontana M, Leal S, Lo E, Machiulskiene V, Schulte A, Splieth C, Zandona A, Schwendicke F. Managing carious lesions: consensus recommendations on terminology. Adv Dent Res. 2016;28(2):49-57.
  3. Schwendicke F, Frencken JF, Bjørndal L, Maltz M, Manton DJ, Ricketts D, Van Landuyt K, Banerjee A, Campus G, Doméjean S, Fontana M, Leal S, Lo E, Machiulskiene V, Schulte A, Splieth C, Zandona AF, Innes NP. Managing carious lesions: consensus recommendations on carious tissue removal. Adv Dent Res. 2016;28(2):58-67.
  4. KingJ JB, Crawford JJ, Lindahl RL. Indirect pulp capping:A bacteriologic study of deep carious dentine in human teeth. Oral Surg Oral Med Oral Pathol. 1965;20(5):663-9
  5. Handelman, S. L., Washburn, F., & Wopperer, P.  Two-year report of sealant effect on bacteria in dental caries. J Am Dent Assoc., 1976;93(5):967–970.
  6. Bjørndal L, Larsen T, Thylstrup A. A clinical and microbiological study of deep carious lesions during stepwise excavation using long treatment intervals. Caries Res. 1997;31(6):411-417.
  7. Ricketts DN, Kidd EA, Innes N, Clarkson J. Complete or ultraconservative removal of decayed tissue in unfilled teeth. Cochrane Database Syst Rev. 2006;19(3):CD003808.
  8. Mertz-Fairhurst EJ, Curtis JW Jr, Ergle JW, Rueggeberg FA, Adair SM. Ultraconservative and cariostatic sealed restorations: results at year 10. J Am Dent Assoc. 1998;129(1):55-66.
  9. Schwendicke F, Dörfer CE, Paris S.Incomplete caries removal: a systematic review and meta-analysis. J Dent Res. 2013;92(4):306–314.
  10. MA Pereira et al.No additional benefit of using a calcium hydroxide liner during stepwise caries removal. J Am Dent Assoc. 2017;148(6):369–376.

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